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News from Yangon (Rangoon)
ヤンゴン便り 2002年11月

2002/11/28
久しぶりに街角WATCHINGです。ナンバーが分からないくらいサボってましたので,改めて(1)から再スタートです。久しぶりにSANAYの事務所があるランマードー地区に来ました。ここは通称チャイナタウンです。中国系の人が多いという事は中華の食材が多く手に入ると言う事です。私が今住んでいる地区タムエは、インド系の人が多いのでやはり売っている物が全然違います。久しぶりに20STで、おかゆを食べて。シイタケの乾燥物などを買い込んで帰りました。帰る前にビックリしたのは、クリーム色のきれいなビルディングが出来上がっています。MTM CONSTRUCTIONと書いてあります。8階建てでエレベーターはないような作り方です。ランマードー通りとラタ通りを直角に結ぶ、マッハヴァンドゥーラ通りにあります。(k.k)

2002/11/27
日曜日から突然雨が降り出し始め今日もまだ降り続いています。乾季である11月のこの時期に雨が降ることは非常に珍しいことです。米の収穫が終わって乾燥させているところで、農作物にこの雨の影響が出るか危惧されています。

2002/11/26
タムエ街にある、ヤンゴンで一番お客が多いショッピングセンターのユザナプラザに行って来ました。グランドフロアー(1F)の1番左の端に、ペットショップがあります。いつもは小型犬ばかり売っているのに、この日はシェパードが檻の中におとなしく座っていました。次の日は外につながれていましたが、おとなしいので吠えたりしません。名前はタイガー、オスで1歳だそうです。25万チャットの値段がついていました。優しくて面倒見のいい買主が買ってくれることを、祈るばかりです。というのは、私は日本から連れてきた老犬と、3月に買ったダルメシアンの2匹の犬で手いっぱいですが、同じビルでシェパードを買っていた人がいたのですが、散歩にも連れて行かないし、余り面倒も見ていませんでした。大型犬は特に毎日散歩に出さないといけません。よっぽど注意しようかと思いましたが余り他人のことに干渉する国で無いので何にも言わずに様子を見ていると、そのシェパードはだんだん気が荒くなって、すごく吠えるしアパートの住民も恐ろしがっていたので結局、他所の人に売ってしまったようです。最近ヤンゴンでも犬を飼っている人が増えたせいでしょうか?ペットの飼い方の本なども書店で売られています。人気のある月刊誌、「Life Style」の今月号にも猫の飼い方の特集が載っていました。(K.K)

2002/11/25
ヤンゴンでは市民の間でFMラジオが定着したのに伴い、FMラジオが至る所で販売されています。道端の露天では1300チャットでFMラジオが販売されていました。

2002/11/22
ずうッと前から気になっていたのです。このお店ダゴンビールのビヤガーデンです。とても小さな店で、2年位前から開店しています。ヤンゴン外国語大学に通学する時いつも前を通るのですが、いつも通り過ぎて「まさかね?」と思っていました。もう大学も卒業して、久しぶりにこのあたりを通リました。思い切って店の人に店の名前の由来を尋ねたら、そのまさか?でした。つまり日本から帰国した方がオーナーで、ジャニーズのファンで、キンキキッズから名前を取ったそうですが、ミャンマー人の耳にはGINKIKIDSと聞こえるのでしょう。(k.k)

2002/11/21
ミャンマー語日本語辞典の著者である大野徹先生に、我々ミャンマー語を勉強するものは本当に感謝しなければなりません。ミャンマー語日本語  日本語ミャンマー語2冊の辞書を、ヤンゴン外国語大学でミャンマー語を勉強した4年間は、そして今現在も,いつも傍らにこの2冊の辞書があります。同級生だった韓国の留学生達はミャンマー語英語の辞書を使っていました。韓国人は全員クリスチャンでしたので英語が上手な人が多かったのですが、この辞書は半世紀も前のもので、使われている英語も古くもう1度英語自体を辞書で調べる事がたびたびだと言っていました。ベトナムから軍派遣の2人の若い軍人の留学生はもっと悲惨です。彼らは宗主国のフランス語はできるのですが、英語の教育を受けていません。彼らはミャンマー語を英語の辞書で引いて,その英語をフランス語の辞書で調べた後、ベトナム語に直すと言う作業を行っていました。本当に我々日本人留学生は恵まれていると言えるでしょう。(k.k)

2002/11/20
12月16日からプーケットエアがバンコク/マンダレー間の運行開始します。スケジュールは、バンコク16時発マンダレー17時15分着、マンダレー18時15発、20時30分バンコク着、月・水・金の週3便を予定しています。

2002/11/18
久しぶりにお金持ちが行くショッピングセンター、ヤンキンセンターに行きました。地下にあるシティマートが目的です。久しぶりに来たら日本の食材がずいぶん充実しています。ラーメン,うどんやソーメンの緬、醤油も濃い口や刺身用など4種類ほど置いてあります。ソース、珍しくみりんも有ります。その他七味味唐辛子、わさび、のり、インスタントのお好み焼き等など。やはり輸入物ですから結構高いのですが、やはり最低味噌と醤油は日々の生活に欠かせません。(味噌はジャンコスーパーで買っています)一般にここにある商品は,ミャンマー的にはずいぶん高いのですが、いつもお客が多くて、レジの前は混雑しています。以前ほどでは有りませんが,それでもレジに並ばなくて、1品しか買ってないから早くしてくれと割り込んでくる人がいます。そして裕福な人たちも多いと、駐車場に並んだ高級車を見て思わずにはおれません。(k.k)

2002/11/15
日本から友人がお土産に和菓子を持ってきてくれました。私の家で働いているミャンマー人にも、おやつの時日本茶と一緒に食べるようにテーブルに置いて、どんな感想を持つか興味があったので、ずっと見ていました。1人がなにやら小さな袋を破りだしました。どうやらその中身を和菓子にかけるつもりのようです。乾燥剤か防腐剤です。日本語と英語で「食べれません」と書いてありますが、そのミャンマーの若者はインスタントラーメンの中にある、ダシの袋のように、この和菓子にかけて食べるものと思ったそうです。私が付いていなかったら多分そうやって食べたと思います。こちらでは、乾燥剤や防腐剤が一つ一つの袋に入っているお菓子など無いので、うかつに日本のお土産を上げるのも考えなくてはいけませんね。(k.k)

2002/11/14
喝采がお待ちかね」という本を日本の友人が持ってきてくれた。なかなか面白くて、キューバやメキシコ、ニカラグアで歌手として活躍している作者(八木啓代)が得意のスペイン語をかっ飛ばしながら、ラテン諸国を闊歩してゆくエッセー、もう2年前に読んだ本だが、面白さでは私の愛読書BEST10だ。その中にキューバリブレの作り方が載っていた。ヤンゴンでも出来そうなので、私(k。k)もまけじとヤンゴンリブレを作ってみた。マンダレーラム1オンスをコーラ(ミャンマー産のスターコーラでも可)でわって、ライムを絞って入れる。スッキリしたヤンゴンリブレの出来上がり。リブレとは自由と言う意味のスペイン語。(k.k)

2002/11/13
11月になって最初の週に雨が降りました。ヤンゴンに住みだして早5年、11月に雨に遭うのは初めてのことです。しかし、長い長い雨季は今度こそ明けたようです。日中はカーッと暑くなってきました。しかし、早朝等はかなり冷えます。それでこの時期風邪をひく人が多いようです。かくゆう私本人が風邪で頭が痛く、さえません。日本からもすごく寒くて,コタツを出したなどのメールがたくさん届いています。またタイのバンコクの友人からも朝は冷え込むとメールがありました。東南アジアが常夏と考えている方、旅行に行くときはご注意ください。(k.k)

2002/11/12
またしても変な製品です。多分中国製品のようです。「いい匂いがぷんぷん匂う」と言うのが宣伝の文句です。決して間違ってはいませんが、多分日本語ができる人が考えたのでしょうが、やはり少し変な日本語です。クッキーはブルーベリーをはさんだクッキーで、なかなかおいしかったです。(K.K)

2002/11/11
またしても変な日本製品?JAPANの紙と看板に書いてありますが、もちろん日本製品では有りません。日本製とする事で、高級で信頼できる製品になるようです。(K.K)

2002/11/8
ヤンゴンからモーラミャインに車で向かうと、パゴー州を過ぎて左に曲がるとチャイテーヨーに行くあたりから、ゴム園が延々と続きます。そしてモン州のタトンを過ぎたあたりから、カレン州に入ると写真のような奇岩の山がたくさん見られます。どの奇岩にも頂上に小さなパゴダが祭られています。そしてどんどん奇岩の山ばかりに見えてきて。ミャンマーの桂林(中国の景勝地)と呼べるかもしれません。(k.k)

2002/11/7
ミャンマー語で、ティガヨーピンと言うそうです。早朝、朝露にぬれてピンク色の小さくて可憐な花が咲きます。葉が変わっていて、少し触れると葉が閉じてしまいます。更に触れると枝全体がしおれてしまいます。しばらくすると元の形に戻るのでしょうが、どのくらいの時間で元に戻るのか、根気が無いので確かめた事がありません。ヤンゴンでもマハシー僧院(瞑想で有名な)で見かけた事がありますが、カレン州からモン州にかけては、道の傍にほかの雑草と一緒に延々と咲いていました。(k.k)

2002/11/6
モーラミャインの街です。私にとって2度目の訪問です。第2次大戦で空襲に遭ったと聞いていますが、町並みも古い建物が残っていて、どこか風情のある街です。家々のベランダなども趣向を凝らした意匠が目に付きます。モン族はその昔、ビルマ人の都パガンの文化が花開いた頃、パゴダの内部の壁画などはモン族の画家の手によると聞いたことがあります。ヤンゴンでは見かけない古いバスにこの三輪車、友人が同じ三輪車をインドでたくさん見かけたといってました。明るいオレンジ色がとても目立っています。(k.k)

2002/11/5
今回の旅行総勢15名は、小型のバスを借り切ってバアンにできた橋をわたり完全陸路でモーラミャインに12時間かかって到着しました。私の友人はモーラミャインに奥さんとともに里帰りの為、長距離バスで11時間で到着していました。モウッタマでバスを降りて、そこから船でモーラミャインに入ったそうです。4年前橋がまだ完成してない時、私も船でモーラミャインに着きました。この大きなタンルイン河のほとりにあるホテルで、終戦の時生き残って日本兵たちがこの港から、日本に向けて出航した事や、ビルマ各地からタンルイン河を渡ってどんな思いで、この河の港町に下ってきてのだろうと考えていました。(k。k)

2002/11/1
Mawlamyineから出てAttaran釣橋を超えて車で15分位行ったKha-yone村では洞窟があります。名前通りKha-yone洞窟と呼ばれます。中には寝釈迦様や挫創がありますが自然の鍾乳石をを見ることが出来ます。

by マ・カインカインエー & 木村 健一 & 西垣 充

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