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ヤンゴン・ナウとは?

News from Yangon (Rangoon)
ヤンゴン便り 2001年5月

■ 2001/5/31
ミャンマーの中央部のポンダウンで発見された化石は約3370万ー4900万年前の地層から発見されており、最も原始段階の霊長類である事がアメリカで開催された国際セミナーで確認されました。

■ 2001/5/30
今ヤンゴンは毎日雨模様です。時に激しく降ることもあり、テレビでは一斉に傘のCMが流れ始めました。YUKI, YAMASU, ASAHI, NIKKO等ほとんどが日本名です。しかし、日本の製品ではありません。

■ 2001/5/25
パソコンとアリとチョーク(その2)
そこで登場するのが、この中国製の劇薬チョークです。ゴキブリやアリが、このチョークを嫌い近づかなくなります。凄いキキメです!コンピューターを置いてるデスクの脚にぐるりとチョークで線を引きます、そこがアリにとっては万里の長城、そこから先には上がれなくなります。薬局にも置いてなくずいぶん捜していたら、偶然上海デパートの前の陸橋の上で売っていました。このチョークを使用した後は、よく手を洗うようにと注意書き(中国語)に書いてあります。

■ 2001/5/24
パソコンとアリとチョーク(その1)
日本から持って来たノート型パソコンがよく故障するようです。ウィルス説、はたまたひんぱんに起こる停電のせい?それとも、電圧不安定なせい?いろいろ考えられますが、ひとつの原因は蟻です。アリがパソコンやプリンターのなかに侵入して、機械を止めてしまいます。しかしヤンゴンでは、ノート型のパソコンの修理できないそうです。

■ 2001/5/23
タウンジーで撮影した結婚式です。花嫁はまだ学生の中国系シャン人で、初々しい花嫁さんです。お相手は、日本留学から帰国していろいろな仕事にチャレンジしている私の友人で、青年実業家です。3回お色直しをしました。ウェディングドレスの後は、ピンクのドレス、最後は若草色のファンタジックなドレスで、お客様の見送りをしてました。結婚式の一日を追うと、早朝、タウンジーのホテルに一泊した花嫁を、田舎の村からやってきた親戚一同が6台の車に分乗して迎えに行きます。ホテルに入る前に火を燃やしたり、お経のようなものを唱えた後、花嫁さんを乗せてタウンジー市内を一周しました。それから、花婿の家でまずは親類だけの披露宴をして、午後から300人くらいの招待客の披露宴が夕方まで続きました。

■ 2001/5/22
ビルマ族の結婚式に出席しました。前列左端が花婿です。その隣が花嫁でヤンゴン大学の中にあるホールで披露宴がありました。料理は何故かインド料理のダンバウでした。

■ 2001/5/21
ジェシャーズィン(鶏の舌)という名前のダンバウ(インドー風炊き込み御飯)専門店が、ミンガラ市場の道をはさんだ所にあります。昼食時は客がいっぱいで店に入れないぐらいです。Take Outのコーナーが店の前にあって、ここも長蛇の列です。インド料理には豚肉を使わないので鶏肉を使用してます。でも、私のように肉が嫌いな人のために、ベジタリアン(ミャンマー語でテテルウ)用のダンバウも用意されています。ヤンゴン市内の中でも超が付く繁盛店のひとつです。

■ 2001/5/18
亜熱帯のミャンマーは、植物や花好きの人にはたまらない国です。色とりどり様々な花が一年中咲きほこり、ヤンゴン市内は緑の木々があふれています。そんなヤンゴンでも、ティンビュー通りに有名な造花の店 Myant があります。製品はシンガポールやタイ、中国で作られたものです。注文もできます。

■ 2001/5/17
SHANKAN3というレストランが日本大使館の真ん前にあり、観光客のコースになっています。先日、ここで友人の結婚式がありました。近くにあるSANKAN2は、朝の飲茶で有名です。庭には子供をあそばせるための小さな遊園地もあります。

■ 2001/5/16
タムエー地区にあるカンドーヂタワーの駐車場の横で、井戸を掘っていました。260ft(78メートル)くらいで地下水の水脈にあたったそうです。今後、この井戸水が何の目的に使われるのか不明です。この写真は掘削作業が済んだ後です。掘ってる時は長いパイプが何メートルも地中に入っていましたが、人力で作業してました。

■ 2001/5/15
ガペチンという、パゴーのお土産です。ヤンゴンから車で日帰り旅行のできるパゴーは時間のない旅行者にお勧めのコースです。ガペチンは、ガペ(魚をすり身にしたものでミャンマー人の食卓に欠かせない物です。)を酸っぱく発酵させたもので、チンは酸っぱいという意味です。ガペだけでご飯を2杯は食べれるといいます。

■ 2001/5/14
最近世界中で、籐の家具の人気が高まって来ています。日本には籐に色を付けた物などもなかなか人気ですが、ミャンマーはまだまだ素材の良さ、優雅なデザインのものが多く、海外にも輸出しています。


パンシーホテルの籐の家具

■ 2001/5/11
本格的に雨季に入りました。雨季になると花開くのがバダウの花です。今年は2月と3月に一度ずつ雨が降りましたが、その時はまだ開きませんでした。必ず年に一度、雨季の始まりの頃に忘れずに開花するのです。タッティ(忠誠心)があると言われています。かすかに甘い香りがして、黄色い小さな花が藤の花房のように下がりながらたくさん咲きます。写真が遠くて良く分かりませんが、中央の大木がパダウの木で、後ろの日航ロイヤルホテルと比べるとその大きさが分かると思います。この季節、パダウの黄色い花を髪に飾っている女性を良く見かけます。

■ 2001/5/10
今年の夏(2月から4月)は特別に暑く、停電が多くエヤコンも使えません。それで何とか涼しく暮らそうと、大きな観葉植物をたくさん買いました。見た目も綺麗だしこれで清涼感は増したのですが、我が家は窓が多く、直射日光が入り込んできますので、温室のようです。それでたまりかねて東側の窓すべてにルーフを取り付けました。地上9階のベランダも無いビルディングの外壁に、どのようにルーフを取り付けるのか見学しました。一人が命綱を腰にくくり付けての作業です。見ているほうが怖かったのですが、5時間くらいかかって作業は無事終了し、かなり涼しくなりました。

■ 2001/5/9
3年ぶりにヤンゴン市内は停電の日々が続いています。1日の半分は停電ですので、市民のほとんどはインバーターと呼ばれる電気装置を持っています。電気が来ている間にチャージして、停電になると電燈をともしたりTVやビデオ程度でしたら見ることができます。冷蔵庫まで使用したい場合は、ミセやジェネレータと呼ばれる発動機を使います。音がうるさいのと値段も高価なので一般家庭ではインバーターが主流です。

■ 2001/5/8
ヤンゴン市内では、よく見かける光景です。電線が鳥の巣のように絡まっています。どの線がどこにつながっているのかわからない状態です。時々子供が遊んだ凧などがからまって、さらにおもしろいオブジェになっている所もあります。

■ 2001/5/7
現在ミャンマーの芸能界で一番話題になっているのは、何といってもテテモウのことです。映画にコマーシャルに、昨年は日本のNHKでも紹介され、ミャンマーで並ぶ者がいないほどの売れっ子であることは間違いありません。今年の1月ごろから、ウワサを耳にしていたのですが、とうとう夫のミンウと離婚してました。雑誌のインタビューに、「今は兄の家族、姉の家族と一緒に暮らしています」「たくさん愛したので、今は本当に嫌いになりました。もう結婚することはないと思います」と答えていました。しかし、恋多きテテモウのことです、また好きな人がすぐできて、3回目の結婚を発表するかもしれません。

イラスト:木村 健一

■ 2001/5/4
久しぶりに中華街(ランマドー地区)に行ってきました。中華料理の材料など乾物屋がたくさん有ります。内陸地のほうが沿岸地区よりも広大な中国では,食材を乾燥させて、味や質を高め保存食として完成させています。乾物は軽く保存も利くので世界中に運ばれ世界の中華料理の材料になりえたのでしょう。一方、日本の代表的な料理である刺身は、逆に魚の鮮度が勝負ですから、ヤンゴンではかなわぬ夢です。

■ 2001/5/3
シュエタゴンパゴダはミャンマー最大級の規模で、最も荘厳なパゴダです。私も毎日礼拝しています。朝もやの中、朝日に照らし出される黄金の姿、雨の日は雨の日の姿、太陽が照りつける日中の姿、そして圧巻は夕日に燦然と輝く姿。仰ぎ見る時間や場所によって様々に表情を変えます。 写真はシュエタゴンパゴダの東横に立つ友人のアパートから撮ったものです。この方角からの写真は珍しいと思います。

■ 2001/5/2
これでも現役のタクシーです。市内で3回程見かけました。メルセデスベンツや新車のパジェロなども見かることがありますが、市内を走っている車の99%は中古車です。中古車ばかりといっても、ガムテープで修理しているのは、この車以外には見たことがありません。けっこう快適に走っていました。

■ 2001/5/1
タムエー地区の朝もやの風景です。ミンガラ市場が右側に見えます。日中は騒々しい地区ですが、午前6時半だと人影はまだまばらです。

by 木村 健一

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