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Essay by Suzuki Yoshio          
鈴木 芳雄のエッセイ
26 鈴木教授のマンダレー滞在記 その18 2001/9/2
25 鈴木教授のマンダレー滞在記 その17 2001/9/2
24 鈴木教授のマンダレー滞在記 その16 2001/8/28
23 鈴木教授のマンダレー滞在記 その15 2001/7/15
22 鈴木教授のマンダレー滞在記 その14 2001/6/28
21 鈴木教授のマンダレー滞在記 その13 2001/6/28
20 鈴木教授のマンダレー滞在記 その12 2001/4/12
19 鈴木教授のマンダレー滞在記 その11 2001/3/10
18 鈴木教授のマンダレー滞在記 その10 2001/3/7
17 鈴木教授のマンダレー滞在記 その9 2001/1/8
16 鈴木教授のマンダレー滞在記 その8 2001/1/8
15 鈴木教授のマンダレー滞在記 その7 2000/12/16
14 鈴木教授のマンダレー滞在記 その6 2000/12/16
13 鈴木教授のマンダレー滞在記 その5 2000/12/16
12 鈴木教授のマンダレー滞在記 その4 2000/10/5
11 鈴木教授のマンダレー滞在記 その3 2000/9/11
10 鈴木教授のマンダレー滞在記 その2 2000/8/8
9 鈴木教授のマンダレー滞在記 その1 2000/8/8
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7 渡面後の近況報告 2000/5/9
6 鈴木教授のヤンゴン日記 その4 2000/5/4
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鈴木教授のマンダレー滞在記 その14
by 鈴木 芳雄

2001年4月17日記
ガパリ‐ビーチ

 今日はミャンマーの正月です。昨日まで4日間続いた水祭りも終わり、ほっと一息ついたところです。ヤンゴンでは水祭りを3回経験しましたがマンダレーでは初めてでした。マンダレーの場合、水掛のステージが王宮のお堀に沿った大通り、それも南.西側に集中しているのが特徴です。ステージの提供者はビール会社、タバコ会社が主体でかなり大規模なものでした。なにしろ背後のお堀の水をふんだんに放水するのですからなかなか圧巻でした。そのステージで昼は水掛、夜は歌.踊りを中心にしたショーが演じられ、大変な盛況でした。変面、総ての車両.人がそこへ集中するのですから、混乱ぶりも相当なもので、近寄るには相当な忍耐が必要です。

このような喧噪をよそに、寮の方は夏休み(?)入りに伴って住人が殆ど帰郷してしまったのか閑散としていて、大学閉鎖時を彷彿するような静かさです。しかし暑さの方は相当なもので、日中の室温は35度C前後に達しています。

早いもので、マンダレー滞在も9カ月余に及ぶ、6月末には丸1年となりますので、これを機に帰国する事にしました。価値観の異なる世界に浸りたいという願望から、中国、ミャンマーと移り住み、4年が経過しました。まだまだやれるのではという気も無いではありませんが、物事には潮時というものがありますので、これまでっと決めました。

 そんな状況を背景に家内3月末に来緬しましたので、予てから念願していたがパリ‐ビーチに5泊6日の日程で出かけました。

 旅行会社の情報では時期的混雑しているので何事も早めにということで、取敢えず航空券の手配は済ませましたが、ホテルの予約は電話事情の悪さから出発前日にやっと決まるという按配でした。しかも面白いことに旅行会社の人達は誰一人このガパリ‐ビーチに行った事が無いのでホテル事情に通じていないのです。そんな中で中級ホテルを予約しましたが斡旋している本人達が不安がっている有り様でした。

 ヤンゴン空港に着いて先ず驚いたのは、搭乗予約の飛行機が出発便名の表示してあるテレビ‐.モニターに載っていないのです。係員に確認しながら不安な気持ちで待っていましたが、やがて促されてすることができ一安心でした。機体は双発のプロペラ機で、座席が80%埋まったところで出発となりましたが、何と予定時刻の10分前でした。プロペラ機など全く久振りでしたが、飛行機は順調で、しかも高度が低いせいか下の景色も良く見えて快適でした。あっという間に40分が過ぎ、目的地サンドウエに到着しました。

 高級ホテルを敬遠してエアーコン無しの中級を選んだことで心配していましたが、コテージ風の居室は風通しもよく快適でした。第一、日中は殆ど停電しているので電気製品は機能しないのです。

 そんな設備の問題など吹き飛ばしてしまうような海岸の素晴らしさは予想以上でした。エメラルド.グリーンの綺麗な水、広くて長い海岸線、サンド.ベージュの砂浜、しかも遠浅で静かな波と、非の打ち所のないものでした。しかも、情報とは異なり人出もいたって少なく外国人ばかりが目に付く状況で異国情緒も満点でした。

 日中は時々水に入り、上がってきては椰子の木陰の木製寝台で本を読んだり昼寝をしたり、朝晩は海岸散歩の繰り返しですが、飽きるということは全くなく、あっという間に日程を消化してしまいました。夜は夜で、海老.烏賊をはじめ名も知らないで魚で一杯やるのも楽しみの一つで、よい思い出となりました。

(C) 鈴木 芳雄