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Essay by Suzuki Yoshio          
鈴木 芳雄のエッセイ
26 鈴木教授のマンダレー滞在記 その18 2001/9/2
25 鈴木教授のマンダレー滞在記 その17 2001/9/2
24 鈴木教授のマンダレー滞在記 その16 2001/8/28
23 鈴木教授のマンダレー滞在記 その15 2001/7/15
22 鈴木教授のマンダレー滞在記 その14 2001/6/28
21 鈴木教授のマンダレー滞在記 その13 2001/6/28
20 鈴木教授のマンダレー滞在記 その12 2001/4/12
19 鈴木教授のマンダレー滞在記 その11 2001/3/10
18 鈴木教授のマンダレー滞在記 その10 2001/3/7
17 鈴木教授のマンダレー滞在記 その9 2001/1/8
16 鈴木教授のマンダレー滞在記 その8 2001/1/8
15 鈴木教授のマンダレー滞在記 その7 2000/12/16
14 鈴木教授のマンダレー滞在記 その6 2000/12/16
13 鈴木教授のマンダレー滞在記 その5 2000/12/16
12 鈴木教授のマンダレー滞在記 その4 2000/10/5
11 鈴木教授のマンダレー滞在記 その3 2000/9/11
10 鈴木教授のマンダレー滞在記 その2 2000/8/8
9 鈴木教授のマンダレー滞在記 その1 2000/8/8
8 鈴木教授のヤンゴン日記 その5 2000/7/4
7 渡面後の近況報告 2000/5/9
6 鈴木教授のヤンゴン日記 その4 2000/5/4
5 鈴木教授のヤンゴン日記 その3 2000/4/5
4 鈴木教授のヤンゴン日記 その2 2000/3/22
3 鈴木教授のヤンゴン日記 その1 2000/3/8
2 日本への手紙(番外編) 2000/2/23
1 鈴木教授のヤンゴン日記(過去編)
--その1--
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鈴木教授のマンダレー滞在記 その8
by 鈴木 芳雄

2000年11月18日記
閑話

 早いものでマンダレー生活も5ヶ月を終わろうとしています。ちょうど気候の変わり目でもあり、いつの間にか太陽の軌道も大分南へ下がっているらしく、部屋の前の廊下には一日中日が射し込むようになりました。このほかにも身に見えない変化が周りを覆っているのでしょう。それかあらぬか、このところ体調をくずし風邪気味になったり、腹具合を損ねたりで、何とも精神状態の不安定な日々が続きました。今ようやく復調の兆しが見え元気を取り戻しつつあります。

 閑話休題、そんなある日のできごとです。あわや火事という大失態でしたが、幸い大事にいたらず、2〜3の人が知っただけの小事件で終わりました。やかんで湯を沸かしていて、それを忘れ、学校へ出かけてしまいました。隣部屋の住人がやかんのこげる異臭に気付き、電源を切り一件落着となりました。被害はやかん1個と実に軽微なものでした。

 隣部屋の住人はミャンマー人の日本語教師で、その日は一緒に学校で昼食をとりましたが、食後所用で帰寮し私の部屋の異常事態を知ったのです。もし彼が帰寮せず誰も気付かなかったらどうなっていたのかを考えるとぞっとします。まさにラッキーの一語です。

 原因は私の不注意に尽きますが、同じような過ちを過去に何度も起こしているのです。最近、ぼけ現象が相当に進んでいるようで、物忘れがひどいのです。水浴び場の水の出しっぱなしなど年中で、数え上げたら切りがありません。何かの途中で、何かをすると、必ずといってよいほど先のことを忘れるのです。沸かし湯を冷やして飲料にしている関係で、湯を沸かすチャンスが多いのですが、湯が沸くのを待つ間、読み物、書き物をすると、つい忘れてしまい、何かの拍子に思い出すと、から湯ががんがんたぎっているなどという現象がよくありました。

 今、反省として、湯を沸かし始めたら他のことはしない、この点を肝に銘じています。今回の事件は、はからずもぼけ老人の一人暮らしの限界を示したものともいえるでしょう。

 あの日、急を知らせにきたミャンマー人が私に向かって何かをいっているが、分からない。そばにいたミャンマー人の先生が私に、ストーブが燃えている云々、早く寮にかえるように云々と通訳してくれた。最初はなんだか理解できなかったが、はたと思い当たり、おっとり刀で教員室を飛び出す。頭の中が真っ白。自転車置き場に行くには玄関を出て建物に沿って左折しなければならないところを直行する始末。この辺りで我に返り、改めて今どんな状況かを思い巡らす余裕が出てきた。自転車で急行する途中、発見者であり、私に帰寮を要請した先生が学校へ戻って来るのと出会う。彼は「やあ、ご苦労さん」といった軽い調子で行ってしまった。これで一安心、彼が現場を離れてくる以上、事態はおさまっているなと想像できたが、それでも火事(ぼや)という思い込みは消えていなかった。寮が見え、私の部屋が見え、初めてほっとする。寮の玄関ではいつもの通り番人たちが昼寝。

 外観上何の変化もない当該部屋の錠を開けて入る。そこへ3〜4部屋先の若いミャンマー人が来て、欄間の鍵がかかっていなかったので、そこから入り、やかんをヒーターから下ろしたとのこと。言葉の関係でその先は分からず仕舞い。のるほど欄間は開けたままになっていた。彼は机の上にのぼって欄間を閉める際、鍵はかけておきましょうといって大きなジェスチャーで條を差し込んだ・・・。なんともあっけない幕切れで、ここは異国なのだと改めて実感する。

(C) 鈴木 芳雄