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ヤンゴン・ナウとは?

Essay by Kimura Kenichi          
木村 健一のエッセイ
30 ビヤガーデンの楽しみ方 (2) 2002/12/5
29 ビヤガーデンの楽しみ方 (1) 2002/11/17
28 泥棒を招き入れた話 2002/11/13
27 ある若い夫婦の物語 2002/8/6
26 テテモウの謎 2 2001/10/11
25 象の足 2001/10/9
24 水が出た! 2001/10/9
23 ジョウピンター村に行く4 2002/3/12
22 ジョーピンター村に行く1〜3 2002/3/12
21 ヤンゴンで日本語を考える 2001/5/1
20 ヤンゴンで食べる日本食 2001/5/1
19 ファッショナブルな若者達 2001/5/1
18 いなかっぺ(トーダー) 2001/5/1
17 タムエー地区 2001/4/28
16 新居祝い 2001/4/28
15 ヤンゴンで家を買う 2001/4/28
14 停電の熱帯夜 2001/4/25
13 ティンジャン 2001/4/25
12 ヤンゴン愛猫物語 2000/9/23
11 住めば都ヤンゴン 2000/9/23
10 ヤンゴンで凍える! 2000/9/11
9 ある日忽然とホテルが消えていた!! 2000/8/22
8 ヤンゴンで日本のニュースを考える 2000/8/22
7 ヤンゴン愛犬物語 2000/8/22
6 アレレー男が道の端にすわって何してるの? 2000/8/22
5 ミャンマーの不思議 2000/5/24
4 CM女王テテモウの謎 2000/3/4
3 日本では買えない日本製品? 2000/3/4
2 河の向こうは田舎 2000/2/21
1 人と車があふれるDOWNTOWN 2000/2/21
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2004/10/15
ミャンマーエステ/マッサージ体験記-エロス編

2004/7/8
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2004/6/17
ある日本軍兵士の慰霊碑

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2004/3/30
グエサウンビーチ紀行

2004/2/25
ミャンマーで働くことを選んだ理由 中編

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2004/1/5
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2003/4/16
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ラッペイエの作り方教わったよ

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まちのティーショップしらべ / モダン

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2003/1/24
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2003/1/12
障害を乗り越えて

2002/12/31
ビルマに野球を

2002/12/16
歴史カードを使わない国ミャンマー

2002/12/5
ビヤガーデンの楽しみ方 (2)

2002/11/17
ビヤガーデンの楽しみ方 (1)

2002/11/13
泥棒を招き入れた話

2002/8/6
ある若い夫婦の物語

2002/3/12
ジョウピンター村に行く4

ジョーピンター村に行く1〜3

2001/10/11
テテモウの謎 2

2001/10/9
象の足

水が出た!

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テテモウの謎 2
by 木村 健一

 なんやかんやで下手なエッセイを書き出して1年半がたとうとしている。

 エッセイの中で一番反響があったのが、「テテモウの謎」であった。第二弾を書かなくてはと思いつつ、時間だけが過ぎていった。その間にテテモウは2回目の離婚をし、それでも人気は全く衰えることなく、映画にTVのコマーシャルに出演し続けている。ミャンマーの経済が振るわない中で、テテモウの活躍は特筆すべき事柄である。単に人気があるから100社ものCMに出ているわけではない、彼女を起用したCMによって確実に業績が上がるから、こぞってテテモウをCMに使っているのである。

 ケイティパンという婦人用製品のCMが、美人女優のミョータンダートゥンからテテモウに代わった。ドゥウェイ(NO.1男優)とカインテンチが共演していたBOSSボールペンも、ドゥエイはそのままでテテモウとの共演にとって代わった。4 IN 1というタナカー(ミャンマーの伝統的化粧品)も、以前はドゥエイと若手の生きのいい女優4人、(エインドラチョーズィン、カインテンチ、チレレウ、ソミャナンダーというそうそうたるメンバー)を使ってたCMも、ドゥウェイとテテモウ2人のCMに代わった。CM界でテテモウとドゥエイの圧倒的な強さを改めて感じるこの頃だが、テテモウのすごさは、1度や2度見ただけではとても分からない。3年半以上見続けてやっと彼女のすごさが分かりかけてきたのである。まず常に他のCMと同じ事はやらない、髪型、衣裳、表情、演技全て変えるように努めている。あるインタビューで彼女自身が答えていたのだが、撮影に入る前に、BGMで使われる曲を完全に覚えて、今回はこんなイメージでやろうと自分でプランを考えるのだそうだ。そして、こんなメイクをしてこんなライトだと、画面にどんな風に映るかを熟知しているそうだ。テテモウはTVCMに始めて演技を持ちこんだといわれている。それまでの、美人女優がただ商品名を言うようなお人形的なCMから、彼女の視聴者に直接訴えるようなそれでいて親しみやすい演技でCM界に新風を吹き込み、なおかつ、製品の売上にも貢献した。よく売り場で聞くセリフは、「これはテテモウがTVで広告している商品です」それだけで一流商品と言う意味になるのだ。CMの撮影も最高のスタッフで作られているのだろう。他のCMに比べて画質が格段に美しい。たぶんコーディネーターがいて衣裳や演技プランも立てていることと思うが、これまでにありとあらゆる衣裳も着てきただろう。ある時は男の子に、またある時はおばあちゃんに変身し、二役三役こなす。あるCMでは男女のカップルをテテモウ1人で演じたりと、常に新しいことに挑戦している。テテモウの顔は、まことに不思議な顔である。非常に女っぽいのに男にもなれる顔なのだ。

 超美人のナンダーラインだとこうはいかない。このスーパー・テテモウを追って、カインテンチはよりコミカルによりぶりっ子に徹し、ナンダーラインはその美貌を武器に、ソミャナンダーは近代的なイメージ。この2年くらい映画にCMにグングン人気が上昇しているエンドラジョーズィンは、美人で小生意気な女性という新しいキャラクターを確立した。しかし、これら2番手から5番手までが束になってもテテモウには歯が立たない。後にTVのCM界を振りかえる人がいたら、テテモウ出演以前と以後にCMのスタイルそのものが変わっている事に気がつくだろう。

 先日、あるマガジンを読んでいると、テテモウのインタビュー記事があった。
「日本人の記者が、あなたの事を美人ではないと紹介してることについてどう思いますか?」
この日本人の記者というのが、どうも私のことらしいのだが、
「きれいと言ってくれる人もいるし、そうでない人もいると思います。私自身は美人だ不美人だと言うことを、それほど気にしていません」
と、彼女は答えた。
「その日本人がテテモウの魅力は、手の美しさと声の良さとも言ってますが」
という質問に、
「手はよく誉められます。うれしいです」
と答えていた。いま彼女の魅力を付け加えるとしたら、彼女がかもし出す何とも知れない可笑しさ、つまり喜劇女優として持って生まれた才能がある。その親しみやすさ庶民性に多大な人気の秘密があると思うのだ。これまで彼女が飛びぬけて人気が高いのがとても不思議で、いろんなミャンマー人にいろんな質問をぶつけてみたけれども、テテモウを嫌いだと言う人は1人もいなかった。

 私がテテモウを実際に見たのはたった3回だけである。あるホテルのファッションショーに夫と来ていた彼女は、私のすぐ斜め後ろに座ったので、顔がよく見えた。後ろにはナンダーラインやエインドラチョーズィンの顔も見える。実物の彼女は顔や体もずいぶん小柄で、やはりかなり美しい。美人だと思った。最初に彼女を見たのは、かれこれ3年くらい前に日本大使館の主催で、ミャンマー政府の全面協力のもと、国立劇場で開催された「ミャンマー日本友好、着物ショー」の時であった。その頃はまだ出演者の3分の1くらいしか名前と顔が分からなかったが、今思い出すと名前が知られている映画スターがこぞって出演していて、アカデミー受賞式でさえ、あれほどの有名スターが集ったステージはなかったように思う。このステージでもテテモウは最後の花嫁衣裳のトリに出場して、一番大きな拍手と声援を会場中から受けていた。そして彼女がそのファンの声援にどう答えたかと言うと、何と白無垢の花嫁姿で高い草履をはいて、お尻を観客の方に向けてプリプリ振りながら歩いて見せたのだ。会場は爆笑の渦であった。こういった彼女の面白さサービス精神はどこから来ているのだろか?

 またこれは最近の彼女のエピソードだが、いろんな雑誌に写真が載っていたが、テテモウという名前が載ってなかったら、ほとんどの人はこれが彼女だと分からないと思う。ノーメイクの普段着、髪はばっさり下し、ステージの上で踊っているテテモウ。一緒に踊っているはの、伊達眼鏡をかけた濃いステージメイクのトンエンドラーボウ。これはニュースである。これは、インターナショナルホテルで開催されたファッションショーでのシーンだった。エアコンがきかない会場に、2000人の観客が詰め込まれ、美人のモデルやダンサーのショーの後、オカマのモデルショーのオマケまであり、会場は沸きに沸いていた。最後はトンエンドラボー(昨年念願のアカデミー主演女優賞を受賞し、歌手としても数々のヒット曲がある)の出番である。離婚してそれほど日もたってなかったテテモウをトンエンドラボーがさそっていたそうだ。普段着のテテモウをステージに呼んで一緒に歌って踊ったのだ。テテモウが人前でしかもノーメイクで踊ったと言うだけでもニュースなのだが、その踊りがかなり笑えるものだった。しかも、美人モデルが多数キャットウォークを繰り広げた舞台で、トップ女優が素顔でステージに上がるのは勇気の要ることだろうと思う。しかし、テテモウは笑顔でステージに上がり、ヤンヤの喝采とブーイングを浴びた。

 ここがテテモウのテテモウたる所以だと思うのだ。とにかく観客がいるとサービス精神を発揮してしてくれる人なのだ。心底パフォーマンスが好きなんだろう。結局そのファッションショーは、テテモウがいきなりステージに現れて踊ったことが、芸能雑誌のトップ記事を飾った。

 テテモウの経歴について詳しくは知らない。いろいろ聞いてもほとんどの人が正確な情報を知らないので、ここでは分かることだけを述べるる。芸能界に入った彼女の最初の芸名は、モンシュエイジーと言ったそうである。鳴かず飛ばずの時期を経たが、名前をテテモウと改名して彼女に運が回ってきたようだ。サンアウンという鬼才といわれた若手監督との幸運な出会いも重なって、アカデミー主演女優賞も受賞し、5年前くらいからテレビのCMの中で確固たる存在を築いた。私がミャンマーにやって来た3年半ぐらい前には、もう押しも押されもしないCMの女王、国民的アイドルNO.1に輝いていた。そして今もスーパーテテモウの快進撃は続いている。

 しかし、人気と言うものはいつかは移ろいゆくもの。そのことを一番知っているのも、テテモウ本人であると思う。最初の夫に三行半を付きつけて(かなりの慰謝料を払ったといわれている)、他の女優さんと恋愛中のミンウに恋して、まっしぐらに結婚したテテモウだが、昨年のアカデミー受賞式に夫妻揃って出席しなかった。正確にはかなり遅れミンウはやって来たのだが、何かトラブルがあったのだろうと、受賞式をテレビで見ていた全国の人が思ったに違いない。案の定今年になって、別居している事実をあるインタビューに語っていた。「たくさん真剣に愛したので、今は彼の事を嫌いになりました。もう結婚する事は無いと思います」というインタビューの記事を読んだ。やはり超有名人、しかも妻の方が人気も収入も格段に上のカップルの結婚は、日本やアメリカのスター達を例に出さずとも、どこの国でも難しいのだろう。夫との共演をCM出演の条件にしたり、いろいろ内助の功もあっただろうが、破局を迎えてしまった。昨年のファッションショーの時夫婦揃ってきていた時も、ミンウはまわりにすごく気を使っていてが、テテモウはというと終始面白くなさそうな顔をしていたのが思い出される。

 ある有名な監督の奥さんと親しい人から聞いた話なのだが、コミカルな演技が身上のテテモウが、撮影の空き時間には一人静かにお経を唱えているそうである。毎年尼になって仏教に帰依するトンエンドラボーほど誰でも知っている話ではないが、撮影現場では有名な話だという。

 しかし、私達の知るテレビの中のテテモウは「アカウンゾーン、一番いい製品です」と独特の甘い声でにっこり微笑みながら、毎日毎日ミャンマーで一番人々に見られ続けている・・・。

(C) 木村 健一