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 ミャンマー --その5--
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 ミャンマー --その4--
2000/4/3
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 ミャンマー --その3--
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自然と・・・手を会わせて祈りたくなる国 ミャンマー
--その5--
by ままま

3月19 〜20日 ヤンゴン最終日

 朝早く爽快な気分で目覚めた私でしたが、隣の友人真理ちゃんは、セーターまで着込んで、うーんうーん…と唸っています。お腹が痛い。頭が痛い。寒い。というのが、やっとです。ありゃ、どうしたの?と額に手をやると、燃えるような熱さです。ぎょえーっ。熱がある! 私がぐっすり寝込んでいる間も、彼女は夜中頻繁にトイレに通っていたらしく、トイレットぺーぺーが、すっかり無くなっています。それからというもの、アタフタとトイレットペーパーをもらい、氷を貰って看病しました。
 「氷」というミャンマー語なんか知らなかった私は、舞い上がりながら「水が、冷たくなる小さな塊…」を何度も、身振り手振りで演技しました。ホテルの方が持ってきて下さったアイスピッチャーに、ぎっしり詰まった氷。それを見た瞬間、こっちが、ヘナヘナ…と有り難く、座り込みそうでした。どうも具合が悪そうだと、ホテルの方も心配して来て下さり、日本語で、お医者さんを呼びましょうか?と訊ねて下さいました。氷をビニール袋に詰めて即席氷嚢を作り、枕の下にもあてがって、取りあえず熱を下げ、様子を見守ることにしました。真理ちゃんは、市販されている下痢止めと胃薬は持参しており、既に飲んでいます。下痢については、何も食べず、お腹を日干しにしないと、取りあえずおさまりません。胃痛については、以前私が病院で貰った薬を飲ませ、一口だけ非常食のお粥を食べさせてみました。
 私も、以前インドに行った時、2日目の朝食で目玉焼きを食して、大当たり。ヨレヨレと崩れる格好で、トイレットペーパーを片手に、デリーからベナレス行きの飛行機に乗った経験があります。「トイレ…トイレは何処だ…」と唸って駆け込んたトイレも最悪で、余計に不快感がつのり、結局3日間あげくだし状態が続いてしまいました。こんな経験を元にして、非常食のお粥やキャンディー、ポカリスエット粉末(ミネラルウォーターに入れて使用する)、カロリーメイト等は常に持参しています。
 何処へ行くにも、水と油は要注意ですね。氷や生野菜、カットした果物等…これも一癖ありそうです。それと、やっぱり食べ過ぎないことです。ミャンマーでの食事は、中国とインドの影響を受けていて、麺とカリー両方の料理を食することができます。麺類は、一般的にあっさり風味ですが、油は結構使っているようです。それに、付け合わせの香辛料ソイソースには、ニンニクやコリアンダーが満載です。この香辛料を入れないと美味しくないのですが、つい入れすぎちゃって、2人とも翌日臭―いゲップ…を毎日漂わせていました。そんな風に快調に飛ばしすぎたのが、たたってしまったのでしょう。真理ちゃんの胃袋はダウンしました。
 ようやく何とか熱が下がったのがお昼。おもむろに、真理ちゃんは起きあがり、私に気遣っていたのでしょう。これからシュエダゴンパゴダに行こうと言います。既にトイレットペーパーを3巻も使い果たしている、下痢ピーのお腹なのに大丈夫かしらん。
 タクシーで往復することにして、仏様のテーマパークのようなシュエダゴンパゴダの南口に到着しました。階段を登って広い境内に一歩足を踏み出すと…。それはそれは、まばゆい巨大な黄金の塔がそびえ立っています。そして、八曜日の祭壇が周囲を取り巻き、隅々に至るまで、ぎっしりと祈祷所や祭壇があります。とりあえず、トイレの場所を把握して一周し、バナナとココナッツ満載の祭壇のお供えや、仏様に水をかけて祈る人々を見て回りました。日曜日のせいなのか、多くの人があちこちに座り込んで、アルミのお弁当箱を広げ、ランチタイムを楽しんでいます。ちょと失敬してお弁当の中身を覗き込んでみると…やっぱりカリーとライス、ラーメンのような麺類です。ビニール袋に、ぎっしり焼きそばを入れて、そこから食べている人もいました。日陰を求めてゴザを敷き、境内は、ワイワイガヤガヤ…賑やかに繰り広げられています。日本のお寺だと、仏さまの前で、こんなに賑やかに楽しんでお弁当を広げられる雰囲気ではありませんよね。もっと厳粛に!と怒られてしまいそうです。他に娯楽施設がないためかもしれませんが、ミャンマーの人々の仏さまへの接し方は、私たちよりもっと気軽で、親しみ深く、しかし、とっても恭しいモノなのだと思います。
 とりあえず、ヤンゴン最大のパゴダは見学できました。いったんホテルで一休みし、お腹も少しマシになったと言うので、近くのボージョーアウンサン・マーケットへ出かけることにしました。ホテルとは目と鼻の先なので、トコトコ歩いていると「お姉さんたち、今日はマーケット休みですよ」と言う声がします。えっうっそー!どうしょう…と迷っていると、声をかけてくれた親切な少年モガくんは、斜め向かいのデパートへ案内してくれました。日本語がうまく、サトウ先生に習っているといいます。最初は、デパートの入口でありがとう…。と、1$を出して別れようとしたのですが、これはダメです。と言います。お姉さんたちも買い物に困るだろうし「これは私にとって日本語の勉強なのです」と大変正しい日本語で、真面目くさって言います。可笑しくなって半分笑いかけたのですが、本人はいたって大真面目。丁寧で真摯な態度です。それに、私は彼に対して失礼なことをしました。ホテルのチップと同じようには、彼にドルを渡してはいけなかったのです。闇取引でしかチャットに換金できないし、子どもがドルを持っていると、変に疑われる結果を招いてしまいます。これは、申し訳ないことをしました。このことに気づいてから、襟を正して接することにしました。
 通訳してもらいながらの買い物の後、彼をお茶に誘いました。でも、頑なに断ろうとします。勉強をさせて貰ったのだから、それは結構です。と、のけぞりそうな真面目な返事です。一緒にお茶に行ったら、もっと喋べれるし、もっと喋ろうよ! お茶誘うのは、お姉さんたちの感謝の気持ち。だから、お姉さんの気持ちも受け取って頂戴ね…と言って、なんとか…口説き落として喫茶店に行きました。子どもを口説き落として、喫茶店に入るのは初体験です。(笑)
 モガくんは12歳。大人になったら僧侶になるのだと言います。とても貧しく、インドから母親と共にミャンマーへ逃れて来たようすでした。母親は洗濯をして、某かの賃金で生計を立てておられるようですが、彼も日本語を喋れることで、幾ばくかのチップを貰い、そのチップの半分を母親に渡しているとのことでした。あとの半分は貯金をして、いつの日かカメラを買うのだと目を輝かせていました。日本語が少し喋れるので、迷っている日本人を助けてあげることができます。それが私の喜びでもあるのです。と語る彼は、まるで一人前の僧侶のような感じです。貧しくても、心まで卑しいわけではありません。お金を持っている人の方が、かえって心が貧しい…と母親に教えてもらったのだそうです。貧しくとも、いい人になりたいと。大きな目を輝かせて語る彼の言葉に敬服しました。お姉さんたちはいい人。いい人はいい人に巡り会う。僕は、お姉さんたちが、ミャンマーにまた来られるように祈っています。と言ってくれました。なんだか12歳の少年を相手に、私たちは、ありがたい説法を伺っているような気分でいました。こんな考えのできる日本人の少年はいるのでしょうか。いやいや…私たち自身、こんな謙虚な気持ちで暮らしていたでしょうか。大いに反省し、自分を振り返る機会を得たような気がします。
 ヤンゴンに着いた時は、停電して、入国審査場には蝋燭がゆらめいており、「ひゃーえらい、とんでもない国に来てしまった」と少し後悔しました。しかし、この国をあとにする時には、大変幸せな気持ちで、胸がいっぱいでした。ミャンマーには、いい人がいっぱい! そして、仏さまがいっぱい! 豊かな自然と多くの仏教建築・仏教遺跡もさることながら、人とのふれあいを、これほど強く、豊かに、暖かく感じた国は他にありませんでした。心底親切な方々に巡り会うことができ、自然と手をあわせて感謝し、祈る気持ちになりました。
 最期になりましたが、西垣さんの数々の親切なアドバイス。ありがとうございました。おかげでスムーズで快適な旅ができました。これからもミャンマーで、ご夫婦健やかにお過ごしください。多くの写真をHPで拝見させていただき、バガンに一目惚れ。ミャンマーへ行きたいというきっかけを作っていただいた後藤修身さま、ありがとうございました。心より御礼申し上げます。そして、多くの親切なミャンマーのみなさん、ありがとう!

PS:軍事政権下のミャンマーですが、そんな感じは全くしませんでした。ショットガンを持って、銀行や貴金属店を警護している人がいるわけでもなく、乗ったら最後、ギャング一味に取り囲まれるような怖いタクシーでもなく、追い剥ぎやひったくり、フォールドアップにあう様子もありません。目をそむけたくなるような物乞いの人や、ひつこいHなお兄さんも、追いかけてお金をねだる子どもたちもいません。いたって明るく、健康的な社会だと言えるかと思います。ただ、マナーとして、政治話しは避けていただくとよいかと思います。多くのミャンマーの人々は、日本に憧憬の気持ちをお持ちでした。どうか、もしこれからミャンマーに旅されようとなさるなら、そんな親切な人々を裏切らないようお願い致したいと思います。これは私からのお願いです。

(C) ままま

編集者より: まままの「とんでもとらべる」でミャンマーのもっと魅力的な姿を見ることができます。ぜひどうぞ。