――まず、貴社の事業内容を簡単にご説明ください。
下川ビルディングは、貸事務所を主体とした不動産のリース業を行っており、おもに東京の大田区を中心として、地域に密着した事業展開をしています。大森に第1下川ビルを建てたのが昭和41年なので、創業してから50年近くになります。
――ミャンマーでホテル事業を展開された経緯を教えてください。
私たちの本業は貸しビル業ですが、一時期はカプセルホテルの営業もしていました。それでマンスリーではなくデイリーな商売に魅力を感じて、今後はホテル業もやっていこう、ということで検討していたんですが、そのさ中に東日本大地震が起こりました。
もともと10年くらい前から中国など海外の視察はしていましたが、このタイミングでリスク分散として海外に不動産投資をしよう、となりました。
そして、社長と私の2人で中国、タイ、ベトナムなどアセアン諸国を観て回っている中で、ミャンマーに民主化という動きが出てきました。そこで視察に来てみたところ、非常に親日的で、なおかつまだ不動産の投資が活発に行われていない。そういう見地から、ミャンマーに投資をすることになりました。そうして何回か足を運んでいた中で、たまたまこちらのランドオーナーとめぐり合い、何度か協議を重ねた結果、合意し、今日に至っています。
――ミャンマーに来られたときの印象はどうでしたか?
私たちはタイで飲食店を展開しているのですが、ミャンマーもタイと同じ仏教国なので似たような雰囲気なのかな、と思っていました。でも初めて空港に降りてみると、バンコクと比べてぜんぜん都市化が進んでいないな、という印象でしたね。
――ホテルのオープンまでには、どんなご苦労がありましたか。
オーナーとの契約は、ホテルを建築している途中でしたんですが、建築がなかなか進まなくて、当初想定していた開業予定日から6ヶ月も遅れました。一番の苦労はやはりそこでしょうか。あとは、やっぱり考え方の相違がありましたね。そして、建物に関する不安が若干あります。こちらの建物は日本の建築手法とだいぶ違うので、地震がないとは聞いていますが、やはり耐震の面で不安があります。
――「考え方の相違」とは、たとえばどんなことですか。
まず契約をするときに、言葉の違いもあるでしょうが、(法の整備上の問題で)契約自体の大枠が細分化されていないんですね。大体の大枠は決めているんですが、一つひとつの情報にあいまいな部分が多いな、と思いました。
――貴社はタイで飲食店事業をされていますが、ミャンマーの現地スタッフはどうですか。
こちらのホテル(ホテル・ガンゴウ)で「鎌倉」という日本料理店を始めましたが、まさにいま非常に苦労しています。言葉の障壁が大きく、意思の疎通がなかなか難しいですね。ただ、日本人とミャンマー人ということで考えると、気質の違いはそんなにないんじゃないかな、と感じました。やはり同じ仏教国という部分では、お互いに尊重というか尊敬の間柄ではあるかな、と思います。
習慣の違いでいうなら、特に衛生面が大きいですね。日本人は神経質といえるほどきれい好きなので、衛生についてミャンマー人スタッフに説明しても、それを納得してもらうのに時間がかかるかな、と思います。
――どのくらいの頻度でミャンマーに来られていますか。日本を拠点としながら、現地の管理・教育をするのは大変なのでは。
10月にホテル・ガンゴウが完成するまでの1年間は、2ヶ月に1度は来ていました。完成してからは、毎月来ています。やはり日本にいると現地の情報が不足してしまうので気が気ではないですね。オープンから1ヶ月が経ちましたが、いまだにミャンマー人のルールが把握しきれていないので、非常に苦労していますね。
――タイのスタッフと、こちらのスタッフは違いますか。
タイのお店はオープンして1年半経ちましたが、ようやく黒字経営になりました。やはり1年間は赤字でしたね。海外の事業が初めてだったので、半年間は赤字でもしょうがないなと思っていたんですけれど。コミュニケーション不足もあり、ミャンマーもそうですが、ちょっと注意するとすぐにスタッフが辞めてしまう。人手不足になって、なかなか回らない状況が続きました。
今はようやく人が定着し、うまく回転するようになって黒字化してきた状況です。やはり時間がかかるな、という気がしました。ミャンマーも同じつもりでいます。
――プライベートは、どのように過ごされていますか?
特にこれといった趣味はないんですが、落ち着かない性格なので、海外を渡り歩いたり、あちこち飲み歩くのが好きです。のんびりすることは少ないですね。趣味になるのかどうか分かりませんがバンドをやっていて、ベースとボーカルを担当しています。ジャンルはアメリカンロックです。イーグルスとかグランド・ファンク・レイルロード、フリー・トウッドマックなどの系統の音楽をやっています。
――もともと海外を渡り歩くのが好き、という素地があるから海外展開の発想も生まれるのでしょうか。
知らないところを観るのが好きなんでしょうね。未経験でいたくないというか、いろんな体験がしたい。若いころからそういうのがありましたね。こちらに来ても結構、屋台料理とかにチャレンジしています。最初のころは、相当おなかを壊しましたけど(笑)。
――今後の事業の展望を教えてください。
日本では不動産業と飲食業をメインにやっていますが、もう片足をミャンマーに入れたので、今後はなんとかもう少し先に進めていきたいと思っています。
いまリサーチをしているのは、ミャンマーの次の物件です。それから、ベトナムやタイ。タイでは具体的に進んでいるホテルの案件があって、来年の秋には完成予定です。タイのパートナーと合弁会社を作り、運営をします。場所はチェンマイで、すごく雰囲気が良くて落ち着きますよ。ヤンゴンにも近いので車で来ようかな、と思っています(笑)。
――最後に、これからミャンマーはどうなっていくと思いますか。
やっぱり次の総選挙の結果がいちばん気がかりですね。でもその結果がどうであれ、ミャンマーが民主化に舵をきったことは間違いないので、継続して成長するのは間違いないと思っています。ですからわれわれも次の展開をねらって、不動産の投資をしていきたいと思っています。
- ★インタビューを終えて★
ヤンゴンで初めて、日本資本のホテルをオープンされた下川ビルディング。「老舗」にあぐらをかかず、海外の動向をいち早く見極めて行動されるスピード感と「攻め」の姿勢。その原動力は下川さんの好奇心、アクティブさなのだとお見受けしました。海外視察も、趣味と実益を兼ねていらっしゃるのもかもしれません。
(インタビュー日:11月22日)