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  • 7年前、単身ミャンマーへ渡り、以来現地に身を置き激動の時代を生き抜く。企業・政府・マスコミ等との長年に渡るビジネスを通して培ったスキルや現地・日本の人脈をフルに活かした調査・進出コンサルティングは在ミャンマー日本人の中でも随一である。 Since 2001/1/1
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「GENKY」 視覚障害者が働く医療マッサージ店開店


「GENKY」 視覚障害者が働く医療マッサージ店開店

by 西垣 充


    GENKY設立趣旨

    1.ミャンマー全国に住む視覚障害者の方々の就業機会創出

    2.ミャンマー全国に住む視覚障害者の方々の独立支援

    3.ミャンマー全国に住む方々への健康支援

    4.ミャンマー全国に住む方々と視覚障害者の方々の相互理解と交流

    5.日本の方々とミャンマーの視覚障害者の方々との相互理解と交流

    2009年4月1日ヤンゴンのチャイナタウンに「GENKY」視覚障害者が働く医療マッサージ店を開店することになりました。

    「GENKY」開店を思いついたのは昨年末。技術が高いマッサージ店を探していた時に「ヤンゴン盲人学校」内に視覚障害者が行う日本式のマッサージがあることを聞き、初めて訪ねた時に遡ります。

     盲人達の腕の良さに驚き訊ねたところ、彼らの多くが日本のみならず台湾、韓国からの技術支援で直接外国人からそのテクニックを学んでいました。しかし、盲人達が口々に話したのは、独立したい、これで収入を得るために技術を学んだが使う機会がない。ということでした。

     政府援助機関やNGOの団体の多くは資金調達の関係で技術は教えたので後は自分で頑張ってください。というスタイルを取っています。資金も独立の方法も経営もわからない彼らにその技術の使い方がわかるはずありません。盲学校にいる彼らも収入を得るために学んだ技術なのにそれを生かすことができず、苦虫を噛んでいました。

     「GENKY」のリーダーもそんな一人。彼は政府の支援で2度日本を訪問しており、日本人から医療マッサージの技術指導を受けています。「GENKY」のスタッフには日本人から整体技術を学んだ視覚障害者も含め、ほとんどが外国人から技術を学んだ経験があります。しかしながらそれを生かす場がなく、例えば、リーダーのZaw氏は代表チームのアスリート、芸能人や政商、政府高官から指名があった時は個別に施術を行っていたようですが、普段は盲学校で英語を教えていました。何度も言いますが、マッサージ技術を教えているのではありません。

     話を元に戻し、外国からの支援方法の問題についてはすぐ想像できましたので、店を開店させないか、すぐ盲学校の方に打診しに行きました。その時、ヤンゴン盲学校には以前来たことを思い出しました。インパール作戦の取材でヤンゴンに残る日本軍関連施設や建物を探していた時、元ミナミ機関の方とヤンゴンを回り、現存する建物が戦時中何に使われたなどを教えてもらいました。ヤンゴン盲学校の校舎は新しく建てられたものですが、寮として盲人が使っている建物は日本軍が司令部として使っていた建物だと聞きました。

    そのことを、ふと盲学校を再訪した時に思い出し、このことが最終的決め手となり本格的に開店を探り始めました。

    その後も多くの協力者が現れ「GENKY」開店間近まできました。

    「GENKY」はまず始めにNGO団体ではなく100%民間資本で経営を行います。これは、もし最初から援助を受けた上で経営を行った場合経営努力を怠ると考えたからです。開業したからには、利益を上げていかねばならず、援助をもらった経営ではそのシステムを構築するのは不可能と考えました。

    「GENKY」の目的の一つに、視覚障害者の独立支援があります。

    GENKY直轄店はGENKYの社会的地位と知名度の向上を目指し、視覚障害者の訓練センター的な役割にします。技術を習得しやる気のある方には故郷に戻り独立して頂きます。ミャンマーでは営業許可取得が非常に難しいためGENKKYの看板を使用して頂き、営業許可、経営面等をサポートしていきます。

    技術指導には日本からのご支援が不可欠で是非とも日本の関係機関、関係者の方々のご支援を切望する限りです。また、日本で使用されている中古機械などあれば、GENKYの知名度向上にも貢献しますし、また経営面でも安定します。

    通常、他国では政府や盲人協会から支援金などが出るため、援助なしで開業するというのは例がないという話を聞きました。障害者の方々に技術を教える独立支援はあっても、店舗を行うシステムを教えフォローしている団体も少ないと思います。

    また、GENKYで働くスタッフは、孤児や経済的理由で地方からヤンゴンの寺小屋に来て勉強をしていた若者が中心になっています。大学に通いながら働いているスタッフもいます。地方から来ている寺小屋で育った多くの子供達は高校あるいは大学を卒業しても仕事を見つけることは困難で、結局田舎に帰り農家として働く若者が少なくありません。

    昨年、サイクロン被災で多くの方が被害を受けました。被害者に援助が十分な援助が行き届いたとは決して言えない状況ですが、皆援助に頼らず自力で復興してきています。復興のスピードは政府や国際機関からの援助の量ではなく、村人の団結力やリーダーによるところがあることを、被災地を回り感じました。政府や援助機関にただひたすら援助を求めるのではなく、まずは自力で協力し合って復興し全国民でサポートを行っています。

    ミャンマーの今の状況だからこそ、こういった状況になりますが、逆にこういった状況だからこそ、ここミャンマーから世界に新しい支援スタイルを発信していけたらと思います。

(C) 西垣 充